mouseionのブログ

アニメ感想中心だけど、たまーに色々考察します。

湊かなえ『カケラ』 雑感 価値観は人それぞれでそれを押し付けるものではないという事。

湊かなえの小説って十中八九山岳部とか登山部が出て来るというか山の話大体出て来るよね。
もちろん全部が全部じゃないんだけど、前にTBSのドラマでコーヒーを持って行ってというコーヒー好きの人の話があったけど、あれも確か山奥かな登山する話だった気がする。
で必ずと言っていいほどおしゃべりな地元の人が登場する。そこで自分の価値観とか考え方と他人のそれらが違う事に直面してでも自分のやっていた事を肯定しないと前に進めないんだっていう話がった。学校の先生も学生もそれぞれが自分にとっての美的感覚みたいなものを持っててそれをある時期まで正しいと認識してたのに他者と交わる事でそれが一旦否定されて鬱屈した気分になる、これをイジメに例えたらイジメた側は小さな事とかからかっただけとか、逆にイジメられた側は一生もので墓場まで引きずるよね。
本書のカケラの意味ってのは結局自分が生まれ持ったアイデンティティを他者に否定されても自我を保つ事が出来たら何も問題ないんだけど、自分が尊敬してる他人に否定された時に脆くも崩れ去って形あったものがカケラになっていう。あんまり上手い解釈は出来ないけど、この物語の結末というか本当にそれを殻に閉じこもった他人が他人に伝える勇気を持って接してさえいれば防げたよなというのはある。
大体自殺する人は弱い生き物という思い込みとか前提があって、一般的にも弱者なんだという認識で以て迎えられるから自殺に追い込んだ人が悪者なんだって事に行き着きがちでそれでは何も解決しない事を本書では上手い事小説に落とし込んでるのかなと思う。中々考えさせられる話だったな。
ホント湊かなえの作品にはかなり異色な感じがした。いや勿論語り口とか物語の結末への持って行き方は正に湊節というか湊かなえ的なテンプレートではあったけど話の内容はかなり深みを感じさせたというのは価値観って押し付けるものじゃないよね。それぞれの登場人物の価値観に置き方が凄い面白くて最後は語り手も反省はしてるけど後悔はしないみたいな方向性で語ってるので価値観の肯定を完成させてる人って、そういう人を完璧超人と呼べるんだけど、この小説における完璧超人って一体誰なんだろうなと。