mouseionのブログ

アニメ感想中心だけど、たまーに色々考察します。

ネット版人類補完計画について。

文字通りエヴァンゲリオンのそれと関係あるかは分からないけど、
例えばグーグルで検索すると上位に医療系キュレーションサイトがひしめき、そこには、“鼻毛を抜くな”とか“鼻くそを取るな”とか“歯磨き粉を使わずに歯を磨け”とか“耳垢は取るな”とか“取って良いのは目ヤニだけだ”とか“パイパンにすると病気になる”とか“わき毛を剃ると怪我へのクッションがなくなって却って危ない”とか“髪は湯洗いとしてシャンプーは付けてはならない”とかといった事象だ(その殆どがケアの仕方を間違えてるから直せと啓蒙するものであるが)。
これらを総じて人類原始化計画でも水面下で進行しているんじゃないかと思う。
ネット版の人類補完計画とは出来得る限り今日の人間の価値観として不要と感じて取って来たものが実は人間の身体の循環をよくする装置で、人間の身体に異常をきたす原因かのように吹聴していってる状況を指すのだと思う。
要は医者が儲かりたいからそれをキュレーションメディアに金を渡して宣伝して貰ってる、とは一概に言えなくもないが、それによって人間の身体の不要とされてきたものがほぼ全て人間の健康を安定化させるカンフル剤である、とする事に対する啓蒙に近い。言い換えれば警告である。
最近は耳垢を取る道具を綿棒から銀製の耳垢棒とか天然のナントカって木から削って仕上げた耳かき棒なんかが主流になりつつあって、日本では特に珍重されてきてるきらいがある。何となく伏見の寿司屋が原材料が高価で数が少なくなり苦肉の策として考案された、狐の衣揚げから転じて甘くした油揚げ(を総じてきつねと呼ぶ風習がある)を使って寿司にしたいわゆる稲荷寿司を食べて稲荷の神を奉ろうとするみたいなものだし、平賀源内によって土用の丑の日にうなぎを食べようとする運動にも似てる。これらは今でこそ日本の文化として根付いたものだが、その科学的根拠は皆無に等しいのだけど、皆がその情報を有難がって自身の文明開化に繋げようと取り入れた、そういう風なものが今我々の身体に関して根付きつつあるのかもしれない。
今は眉唾とされてるが、かつて血液型や干支、星座によって性格が判断されていた事もあった。
科学的根拠には乏しいが、にわかに信じたくなる情報がネットにはごまんとあって、信ずるに足る情報もあったりするのだが、そこへキュレーションメディアを通じてにわかに信じがたい情報が往々にして紛れ込んでいて、気付けばそれはあたかも一般常識であるように宣伝されてもいて、どこに真実が隠されているのか、あるいは、その見方も一つの観点ではあるけど実はあらゆる可能性の一つでしかないものを他を否定してそればかりを推しているものもあって果たして全てを信じていいのか分からなくなる事がある。
例えば、コーヒーの美味しい淹れ方なんてのはどうだろう。一飯にスタバとかドトールなどのコーヒー専門店がHPなどで告知してるドリッパーを用いたコーヒーの淹れ方は基本中の基本だが、そのやり方の出所は総じて同じであるから、誰が考案したかは分かったものじゃない。
マクドナルドの看板商品であるてりやきバーガー(実は肉が豚である)の発祥がモスバーガー(本家でありパティは100%牛肉)であったという事は知る人ぞ知る事実なのだが、一般人の基本的知識として殆どはマクドナルドが発祥であると誤認してるきらいがあるのは、要はその発信力のデカさにあるように思う。つまり皆が同じ情報を共有している事に大きな注目点があり、それはメディア展開によってあたかもそれが事実であるように吹聴する事こそに秘密がある訳である。先のキュレーションメディア問題を見るとその多くが誤った情報の共有を促すものであったように、大抵の情報はネットの検索上位に書いてあるからそれを閲覧すれば問題はない筈だという思い込みに始まってそれらの誤情報が刷り込まれて行って、結果それが真実である、いわゆるネットde真実民の誕生である。
本来はそれらネットの情報を取捨選択しないといけないのにその試みを忘れてそこにあるだけの情報を取れるだけ取ってそれを他者にひけらかしては誤情報が拡散されて誤情報が蔓延するといった所にキュレーションメディア問題の肝があったように、宣伝力や発信力の高い情報ほど誤って拡散されてしまうものだ。
ネット版人類補完計画とはつまりは誤情報の集合体なのかもしれないという話である。
今日の人間は情報を吸い取る事、共有する事のみに専念しがちであり、その情報がフェイクであるかを調べる事を放棄しているように思えてならない。だからこそスポーツとかで今日騒がれてる諸問題の多くは信用という名の誤情報が蔓延した中でのトラブルでありスキャンダルであるから冷静に物事を判断する事が出来ずに一方的に敵視して批判を展開していくのでないか。
自分は悪くない、そいつが悪いからイジメるんだとする、イジメは被害者に原因があるとする論調も根底にあるのは人間が今ある情報に飛びついて考える事を辞めた結果である。
情報を取捨選択せず鵜呑みにして結果的に起きてはならない事件や事故が引き起こされて行くのはひとえにネット情報をそのまま受け取る人類の退化が原因ではないかと思えてしまう。
哀しいかな、人間は考える事を辞めてしまうと待っているのはディストピアであるのに、それが昨今美意識の一つとして根付きつつあり、ディストピアな世界に住んでみたいと思う人さえ現れていってる訳である。
それは現世からの逃避と揶揄されてしまっているが、夢を持つことを諦めて考える事を辞めた人間にとっては正に一つの理想郷であるから止めるべきではないし、自殺願望のある人に自殺をするなというのは酷な話である。
芸能界における出来レースや大学入試で裏口入学、入社試験でコネ採用、議員になるには世襲とお金持ちである事などが今日蔓延してるのもネットに蔓延る偽りだらけの人類補完計画が原因であるなら説明が付くかもしれない。
ネット版人類補完計画とは人類に都合のいい情報を垂れ流して考える事を辞めてしまう、人類のロボット化の正体であると僕は考える。
いずれにせよ、考える事を辞めるというのは全ての情報を無辜に信じるというのだから、案外ピュアなのかもしれない。夢想家である事は良い事だ、というのも実の所刷り込みかもしれないのは親が子供に見せたくないアニメランキングのそれに通ずるものではなかろうかと思えて仕方ない。成人男性が年上の女性と恋愛するのは良しとするのに年下で未成年の子供と恋愛するのはいけないというのも法的根拠に乏しい、とかいうのは言ってはならない風潮があるように、LGBTは守られるべきなのににロリコンとかペドフィリア(小児性愛)、ネクロフィリア(死体損壊性愛というべきか)を加える事へは一線を引くといった差別化のそれも偏見でしかないといったものである。
これらは全て刷り込みの賜物で、法治化によって考える事を辞めた結果であるわけである。
あらゆる可能性を秘めた性癖に対してこれは守るべきだけどこれは守るべきではない、そういった情報の出どころはどこだろう?
ネットに蔓延する情報ではないか?
正に人類補完計画に違いない。
キュレーションメディアを通じて誤情報を発信・拡散する事はいけないと言ってる人達でさえ、特定の性癖については拒否をして同調するのだから世話がない。
人類補完計画というのは取捨選択する事を忘れてしまう事に言い換えれば分かりやすそうだ。
タトゥーだってそう。
文化の違いが根底にあるから、日本でタトゥーは忌み嫌われるものである。
文化を享受するというのは長年の蓄積あってこそである。
刷り込みともいうが。
難しい話でもないけど、そうはいっても人類にとって最善であるものは自分がどう感じてどう選択したかである。
しかしこれもまた刷り込みなのだ。
ネットで情報を発信する以上は誰がどう選択して拡散するかなんてものでさえ、指摘して改めさせるのもナンセンスだ。
自殺願望を持つ人だって本当は生きたいと思ってる、こういう論調も問題である、と考える事が出来る様になれば、
人類補完計画も大したものだと認めざるを得なくなる。
そろそろ考える事が疲れて来たので今回はここまでにしたい。
いずれ機会があれば続きを書くかもしれない、しかし書かないかもしれない。
それはその時の僕の選択に委ねる事にしよう。
では。