mouseionのブログ

アニメ感想中心だけど、たまーに色々考察します。

アニメ脚本家岡田麿里について、パターン化した一方通行の片想いを考える。

岡田麿里といえば、現在最も有名なアニメ脚本家の一人で数々のヒット作を持つヒットメーカーだ。
しかし、思い返せば名作と呼ばれる作品群もよくよく見ると別段そうでもない事が分かってしまう。
例えば、キズナイーバー凪のあすからさくら荘のペットな彼女とらドラ!迷家鉄血のオルフェンズもあの花もここさけも思い返せば一方通行の恋愛モノが酷く多い。原作物もそういったものを選んでる可能性を思ってしまう。青春群像劇をテーマに一方通行の片想いの中に昼ドラ展開をぶっ込むのがマリーの十八番。すれ違いの恋愛を少女漫画風に仕立て上げるのが好きな性分なのかもしれない。
昔は僕もマリーの脚本好きで見てたけど、大抵結ばれる相手は主人公は固定だけど周囲の恋愛沙汰に関してはおざなりになるか全く別の人で結ばれるように仕向けてる様に見える。悪く言えばシンデレラ症候群に掛かった恋に恋する女性みたいな感じ。自分がヒロインでないといけないという衝動が彼女にはあって、それが前半は非常にそうは思えないのに後半は色濃くこれが出て来てて、正にマリー節と呼ばれるジメジメ陰湿で陰険な雰囲気を醸し出して昼ドラを演出しがち。それでもそうした障害や壁を乗り越える様に〆てくれるから一応面白いなと直後感じる事が出来る。ただ、よくよく見返すとそこまで熱を入れる必要があったのか疑問に感じる時がままあったのはマリーなりの生き様を表現したくて仕方なかったのが窺い知れる。
どうでもいいけど、たまには最初から最後まで相思相愛な物語を作って欲しい所。何か思い入れがあるように思われるそれはもはや岡田芸術と呼ぶにふさわしい定型が確立されてしまったように感じる。
その為色恋についてはワンパターンの様相を覚える。挙句の鉄血ではダブルヒロイン制にした結果、オルガとくっ付ける振りをして三日月を選ばされた姫様。クーデリア嬢の中では既に革命の乙女という輝かしい経歴は存在して無くてつまり最初にあった設定はどこへやら三日月とアトラの子供を自分の子供と思い込む事にして一方通行の片想いを一応乗り切った、もしくは断ち切った風な最期だったのが何とも。
マリーの作風は何となく彼氏彼女の事情やママレードボーイの残った負け組は負け組同士組ませる方式を取るらしい。その結果皆ハッピーエンドを迎えられる、実にシンプルで単調な作品の出来上がりだ。
と別にマリーを悪く言うつもりはない。
こういう作風なのだと割り切ってしまえば別段おかしな所はないのだから。
なるほどこれからのマリーに注目したい。また一方通行の片想いを描いた青春群像劇風昼ドラが始まるに違いないから、今からマリー監督の最新作に期待して止まないのだ。