mouseionのブログ

アニメ感想中心だけど、たまーに色々考察します。

ドラクエのブーメランと政治の場におけるブーメランは同じだ。

最近、森友学園問題で与野党でブーメランの投げ合いが面白い事になっている。
ところでブーメランといえば、ブーメランパンツ、ギャランドゥ!は昭和的だけど
僕らの世代で言えばドラクエがピンポイントだと思う。
7を除いて概ね420G(ゴールド)で売ってる一品物は序盤の集団モンスター戦で猛威を振るう事で知られている。
ブーメラン最高だねとてつのやりとかはがねのつるぎまでの繋ぎとして割と長い事使われるそれは非常に便利な存在だろう。
何もドラクエだけではない。
政治の場でも皆ブーメランの投げ合いをしてる訳である。
自民党民進党など野党が、はたまた朝日新聞産経新聞が日々ブーメラン420Gを投げ売りしてる訳である。
そう考えると何とも滑稽な絵面ではなかろうか。
しかし、レベルが上がれば上がる程、舞台とかステージが変われば変わる程ブーメランの威力はどんどん落ちて行くのが定めである。
それはブーメランの威力が悪くなったというよりは敵、この場合は政敵の防御力が強くなってブーメランを通さなくなってしまう事だ。
ブーメランはドラクエでも序盤のその店の範囲内ないし周辺の雑魚モンスターを一掃する為にしか効力を発揮できないのである。
すなわちブーメランの攻撃力はステージ(政治的段階)を踏まえるとやはりそれほど力を発揮できないだろう。
確かに最初のパンチは強烈だ。
しかし、ブーメランは自分にも返ってくるというのだ。
ブーメランを使い続けていると次第に敵に対して緩慢になってしまう、その戒めなのかもしれない。
自分に返ってくるというのは、ステージが大きくなればなるほど効力を発揮せず寧ろ緩慢で怠惰な自身の防御力を敵が削って来るという事の証なのである。
つまりブーメランが役に立たない為に自分自身が傷付いてしまう状態になるという事だ。
当時420Gは序盤のドラクエでは破格の値段であるが、それを手にした瞬間、強者になる。
強者になると驕慢になりがちだ。
そして強いステージに入ると人はその緩慢さに気付けずに自滅するのである。
これがドラクエにおけるブーメランの意味する所である。
政治的な場においてもこれは大いに発揮されるのだ。
過去に驕慢で緩慢で傲慢だったブーメラン使いは見事に自滅してしまうのだ。
過去の出来事は変えられない。
ブーメラン使いは一見最強の様に思えるが、それは違う。
結論から言えば、ブーメランを信用し過ぎたら痛い目を見るという事だ。
ブーメランだってたまにはミスする事がある。
雑魚モンスターのスライムに当たらない事だってある。
そして集団戦では猛威を振るうとしても最後は掠る程度だ。
過信し過ぎるとそこから隙が生じて反撃される訳である。
痛い目を見たくなければ早い内にブーメランを引っ込める事である。
また新しい武器を携えて戦う事も肝要だ。
ブーメランが通らない相手もいるかもしれない。
防御力の高いモンスター(政敵)が現れた瞬間、ブーメランは勝ち目を失う。
これと同じである。
強い武器(カード)は何個でも持っておくべきだという話である。
ブーメランにばかり囚われてしまうと、いずれ足を掬われるハメになる。
森友問題では、一枚のカードに重点を置き過ぎて次第に効果を失いつつある。
また別の観点から、別のカードを出して集中的に攻撃するのが賢明だ。
それが出来なければブーメランが返ってくるし、傲慢だと誹りを受けるのである。
何事も最強という言葉は存在しない。
ブーメランであってもだ。
僕はドラクエでブーメランを手にした時、鬼の首を取った気持ちでいたが、
新しいステージでベギラマ使いに出くわして破滅した事が何度もある。
ブーメランだけでは敵に勝てない事を悟ったのである。
政治の場でも同じだ。
同じカードで戦い続けるのには無理が祟る。
全く別のカードで各々が切り返す事を切に願う。