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mouseionのブログ

アニメ感想中心だけど、たまーに色々考察します。

めぞん一刻の五代さんは男性保育士の先駆けだった。

久しぶりにめぞん一刻を読む機会があってなんとなく読んでいたのだが、
つと昔は保育士のことを保母さんと呼んでいたことを思い出した。
そう、かつて保育士こと保母さんとは女性の職場であり、男性の立ち入る隙は皆無だったのである。
ところで、最近は看護師も現在は男性看護師も多くジェンダーフリーだなと感心したものだが、
保育士の現状はまだまだ男性に厳しいのである。
先日も男性保育士が女児のおしめを交換したというだけで世のご両親方は猛反発、猛抗議したことは記憶に新しいだろう。
しかしながら、これは女性保育士に対して負担増を促す、いわば見えない女性差別でもある。
男性差別というのは無論、今度は女性保育士へも攻撃が行く可能性を示唆する問題であった。
その意味では男性保育士の増加はむしろ多いに願ったりの状況に思う。
そもそも男性が女性の職場に入ることはいわば男女参画社会基本法に則って何ら問題がないはずである。
介護の現場でさえ男性介護士の登場もそれでも人手不足に陥り、猫のても借りたいような状況なのである。
こうした社会福祉や医療の現場では男だ女だはという感情は捨て去るべきである。
名作漫画『めぞん一刻』は、漫画で先んじて男性保育士が登場したが、それは彼五代裕作が純粋に子供好きで世話焼きだったのが原因である。
物語は未亡人でアパート管理人の音無響子と結婚するまでの過程を描いたものだったが、その中で五代さんが様々な人達と交流する内に天職を見つけた。
それが保育士だったのである。
当時も男性保育士の存在は奇異の目で見られたであろう。
しかしながら、人手不足が常態化しており、彼はめでたく男性保育士になったのである。
こうしたことからも分かるように好きな仕事だと思って皆夢をもって保育士とか看護師、介護士になるのであり、
それをやれ男性だから女性だからという理由で彼らの熱意や能力を否定するのは言語道断である。
どうしても受け入れられないのであれば、他所に行くか、それか自分達で養育すれば良い。
彼らを誹謗中傷する人は皆人格破綻者に違いない。
今は昭和ではないし、男性社会ではないはずである。そして男性の職場、例えば駅員や警察、自衛官だって女性が多く従事している。
こうした事態は多いに歓迎するのに、男性が女性の職場で従事することを問題視するのは時代錯誤も甚だしい。
嫌なら日本人を止めればいいんじゃないか?というのは極論だが、今までだって様々な文化や文明を通じてそれらが習合した社会で生活してきたのだから、
今度にしても受け入れるべきだ。
どうせ一時の気の迷いである。暫くすると気にならなくなるはずである。
日本という歴史や文化がそうさせてきたのだ。
従って受け入れた上で更にその上にある問題 を考えるべき段階にあることをそろそろ気付き理解してもらいたいところである。