mouseionのブログ

アニメ感想中心だけど、たまーに色々考察します。

セックス用語“女を喰う”に関してカニバリズム的に考える

個人的見解だが、“女を喰う”を中世ヨーロッパのソニー・ビーン一族に当てはめると文字通り食糧にしたというニュアンスを感じ取ってしまう。
多分その見解は正解だと思うのだが、女を喰うという言葉に今日の日本社会では果たしてカニバリズムに関係すると言えるだろうかと考えた。
元々女とセックスをする事を昔は明石家さんまをして“H(えっち)する”と言うのが元と思われる。まあ、それ以前にも言葉としてあったのかもしれないけど、今日日本に残ってる性行為を行うという意味の言葉はこの“えっち”と“SEX(セックス)”そして“○○を喰う(喰った)”、“ヤッた(犯ったの意味だが若干レイプに近い言い回し)”の四つしかない。その中で“女を喰う(喰った)”の意味性について少し考えたい。
女を喰うというのは、恐らくカニバリズム的な食った、という食糧的な意味でなく、何かを食べた、という食料的な意味ではないかと感じる。
実はカニバリズムにも用途があり、食糧的に食べる物と正にこれから食べます、ないし食べたというニュアンスの食料的に食べる物と別けられる。
その中で、食べ物の意味性を大いに含んだ物が食料的カニバリズムであり、これから女を食べる食料的にと解した方がずっと分かり易い。
要するに一時的な食べ物としての食料を性行為に置き換えた場合、一時的にセックスをする相手というニュアンスに取れる、と言う事から、食料的なカニバリズムが成立するのである。
事実、女を喰ったという事例はツイッター2ちゃんねる、出会い系サイトでは当たり前の様に見かける、つまり日常的な場面で取られている。
これは一時的に食料として考えるカニバリズムとしての性行為に当たるのではないか
女を喰う行為はいわば一時的に食人すると言う事に他ならない。そこに意味性はなく、前述のソニー・ビーン一族の“女を喰う(喰った)”とは明らかに意味性が異なる訳である。
また、女を喰う行為自体、特別禁止されてる言葉でもない為、今日でも日常的に使われている事が確認されている。
カニバリズムは食人行為の中で備蓄するという意味合いも兼ねているので、日常的に食人するという行為があまり当てはまるとは言えない事もある。
そのため、女を喰うという言葉が一人歩きをして食人するという事にはならないのである。
カニバリズムを考える時、まず備蓄を意味する食糧が前提にあるが、日常的な食料としてのカニバリズムというのは過去の事件や問題の例からみても存在しない。
そういった背景から、食料的なカニバリズムが存在しないという理由で“女を喰う”事に対する批判が少ないものと感じる。
実際に“女を喰う”というのはセックス用語としてどうなのだろう。
正しいのだろうか。
未だに私には皆目見当も付かない領域である。